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ロコモコのボランティア♪

テレビを見ていても芸能人のみなさんの応援に心が温たまります(涙)
そこで、私たちあおサポシスターズも今後の復興にむけて話し合ってみました。
ミナッチ「被災者は圧倒的に高齢者が多いよね・・」
ロコモコ「そうそう。せっかく作っても仮設住宅って結局とりこわすんだよね・・」
ミナッチ「もったいないけど、一日も早く家が欲しいところだよね?本当はでっかいマンション建てて、お年寄りが安心して暮らせる場所を提供したいところだけど・・」
ロコモコ「マンションを建てるには時間がかかるからね・・って、高齢者専用マンション建てて、生活支援はあおばサポートでとか考えてない??」
ミナッチ「イヒヒ。わかっちゃった??でもさ、やっぱり人は一人では生きられないってことだよ。支えあって協力し合ってかないと。超個人主義が浸透してたけど・・日本にはあわないさ〜」
というわけで、一日も早く、被災者の方々が安心して暮らせる居場所が出来るといいな。と思う私たちです。
それにしても、震災後のロコモコ!!驚きの行動力で、宮城県の県北からお米を仕入れて、あおサポのご近所の飲食店と協力しておむすびを提供しているのです物価が高くて大赤字なのに、一生懸命お米を炊いてにぎっているロコモコ(涙)
ガソリンが手に入り次第、私の夫の実家、ゆりあげにもおむすびを運ぶ予定!今、生活支援に大事なのはとにかくスピード
「あたしはボランティアなんて嫌いなの」って言ってたのに、困った人を見るとほってはおけない
今、日本を救えるのは間違いなく岡本夏生とロコモコでしょう!!

藤崎開店!!

仙台市民大好きな藤崎が開店♪
地元の底力を感じます。
私も並びたかったし、お買いものしたかった。
だけど今日も生活支援のお仕事。
それでも藤崎が開店ってそれだけで嬉しい。たとえ限られたスペースだって
藤崎には美味しいものがいっぱい!!こんな時だからこそ喜びを分かち合いたいし
美味しいものを食べたい
長時間並ぶ中、お隣さん同士「どうだった?変わりない?何か困ったことは・・」
なんておしゃべりしながら並ぶのも生きているからこそ。
仙台市青葉区。
私たちは協力し合い助け合いながら絶対に立ち上がりま〜す

あおばサポート生活支援のお仕事♪

3月19日!仙台快晴
ご近所のおばあちゃんの家に生活支援のお仕事。
私の住む社宅は水道、電気は復旧しているので、お洗濯ができます。
ご近所のおばあちゃんの家はまだ水道が通ってないそうなので、今日はお洗濯の仕事。
まずは、おばあちゃんの家から洗濯物を我が家に運び、洗濯機で洗います。
ダウニーも入れちゃう♪
脱水が完了したら、おばあちゃんの家に運びます。
庭の物干しに洗濯物を干して任務完了!!
「何だいこの匂い・・」って・・
ガビーン(涙)ダウニーの香りはおばあちゃん好みじゃなかったみたい・・トホッ
今度はおばあちゃんの家の洗剤で洗わないとね!!やっぱりなじみのものがいいのです。
そして午後からは新しいチラシを作り、ご近所にポスティング♪
震災のお片付け。お年寄り一人では危ないし体力的にも消耗します。
若いパワー??で小一時間も片付ければ、見違えるほど綺麗な部屋に!!
疲れた体も心もスッキリ
小さなことからコツコツと。
あおばサポート、震災後の仕事はまずご近所から!!

希望のひかり

さっき、幼稚園のお友達からメールが♪
昨日、待望の第三子 女の子の赤ちゃんが誕生しました!!
すやすやと眠る可愛らしい写真を掲載できないのが残念〜
三人目の出産だったけど、22時間もかかったそう・・お疲れ様!!
だけど、本当にうれしい!!きっとみんなに愛され希望を与えるきらきらと輝くひかりの子に育つでしょう
って私はどこの宗教にも属していない無神論者ですが、素直にそう思う!!
本当に希望のひかりにあふれた赤ちゃん
街の復興とともに、みんなに愛されすくすくと育ってね[emoji:v-22]
暗いニュースが続き、亡くなった方もたくさんいて途方にくれてしまうけど。
今生きている私たちは強くならなきゃ!!そして未来を託す子どもたちを守る。
それが私の生きる道!!ちょっと照れる・・[emoji:v-398]

戦争よりは・・

おなかをすかせた子どもたちのため、午前中はせっせと買い物。
今日はあおサポのすぐ近くのフレッシュくろだにお買いもの。
もう大型スーパーにはしばらく行きません。
40分も並ぶとすぐお買いものできそう♪ラッキー!!
私のすぐ後ろにおばあちゃんが並びました。
顔中しわだらけだけど、なんともいえない素敵な笑顔。しっかりした足取りもお元気そう。
おしゃべりしながら待つことに。
ふぅ〜ん・・大正9年生まれって・・・「91歳!?」しかも「一人暮らし!!」
ご家族は近所に住んでいるけどご自分の意志で一人暮らしを選択されているそう。
なるほどそれはわかる。でもでも91歳って!!どっひゃ〜
お買いもの水汲みすべてご自分でされているそう。
確かに震災後の生活はまだ大変。私たちの住むところは電気だけ、復旧している。
洗濯やお風呂はまだ無理。買い物も毎日長蛇の列。欲しいものは手に入らない。だけど
「戦争に比べたらまだまだ幸せですよ」って。
終わりがいつなのかわからない戦争。情報なんてもちろん入ってこない。
ある日突然人の手によって命が絶たれてしまう戦争。
今私たちの生活も、目に見えない放射性物質の恐怖はある。だけど情報は入る。自分で調べることもできる。
「近所で買い物ができて、住むところがあり、生活が出来る。年をとっていろいろ経験したけど、これくらい何でありませんよ」って。
そうだよね。ガソリンがないこと、お魚お肉お米が手に入らないことにイライラするなんて恥ずかしい!!
ご近所なんだもん。また会えるよね♪おばあちゃんありがとう!!

ガスボンベよありがとう♪

何年か前に話題になったパンデミック。その噂にすっかり踊らされ、私は大量に水とガスボンベ、高性能のマスクを買い込んでいた。ぎっしりと倉庫に詰まった支援物資!!
これがあったから私たちはとりあえず不自由せず、この何日か過ごすことができた。
「噂に騙されてみるもんだぁぁ」
ロコモコには偉そうに「備えあれば憂いなし」「こんなこともあろうかと思って」
と言っているけどだれも信じてはいない(涙)
「何年か前、ネット住人に騙されたってミナッチ怒ってたよね?」って・・ガクリ
だけど、そのおかげで今日も避難している人におむすびを配ることが出来るのです。
本当は名取の中学校に避難している叔母のところにも届けたいけど、ガソリンがないのです
「このガスボンベで車が走れたら・・」
もう少し待ってってね。必ず届けに行くから!!

仙台で生きる

おおげさだけど、仙台で生きる。
いろいろ考えた。福島から降る放射性物質のこと。
私の住むところは原発まで90キロ離れてないでしょう。自分は良くても気になるのが私の子どもたちのこと。
私の実家は秋田なので、出来れば秋田で一か月くらい過ごしたほうがいいって。
だけど、私の母親は早くに死に、もういません。父親の後妻さんが家にはいます。
決していじわるな人ではありません。もし、私たちがいったら適当に仲良くやっていける。
食べるには心配なく、仙台で働く夫からお金を送ってもらい、子どもたちの世話をする。
だけど、私はそんな生活は望みません。
ちょっと前の私だったらすぐに父親に泣きついて迎えに来てもらい秋田でのほほんと生活していたと思う。
今の私は仕事が大切。命の次に大事!!
未来を託す子どもたちのため、一生懸命働き、将来の夢をかなえてあげたい。
今年の1月11日。あおばサポートは始動したばかり。
4月までは仕事はゼロと覚悟を決めて始めた仕事。
ところが3月には10人の会員さんが入会してくれた。
今は地震、原発事故で家から離れることはできない働くお母さんたち。
だけど、いざ復興!!となったらきっと今まで以上に忙しく働かなくてはならないでしょう。
たとえ女性でも。
その時私が秋田に帰ってて「あおばサポートはしばらくお休み」なんて言ったら信用を失ってしまう。
それだけは絶対にできない。
今は精一杯頑張って仙台で生活し、お仕事にそなえます。
テレビの情報、政府の会見じゃなくて、自分で調べて考えて出した結果。
だから自分の責任。
それにしても、普段お世話になってる水の宅配 ダイオーズ
ダメもとで電話したけど、仙台営業所閉鎖って何??
一年契約で、途中解約すると5千円の違約金発生なんだけど、この場合ダイオーズが
私に払ってくれるわけ?(そんなワケないない)
いつかダイオーズも越えてやる!!

ありがとう。

今朝は四時間ならんで、洗濯用洗剤とサランラップ。お豆腐一丁あぶらあげ。
お豆腐と油揚げは思いがけなく近所の小さなお豆腐屋さんで購入できてほくほくだったけど
これじゃあまりにも情けない・・トホッと思って玄関を開けると
「お母さん!!○ちゃんがこれもってきてくれた!」って紙袋いっぱいのカップラーメンやお菓子が♪
え〜この食料が手に入らない時になんでまた??
あわててお友達に電話すると、どうやらご主人の会社が外資系で支援物資が配給されたそう。
それで私たちにも分けてくれたんだって。
でもでも、こんなにいいのぉぉ??
「これから一緒に頑張って行くんだもん。よろしくねって意味でもらっといてっ」って(涙)
友達っていいね。こんな単純な言葉しか出てこない。
○ちゃん!本当にありがとう。私絶対に今日のことは忘れない。
そして、いつか○ちゃんが本当に困ったときは私がどど〜んと助けられるように頑張る!!
頼りない私だけど、これからもよろしくね!!

豆腐は豆腐屋

地震から七日目。福島原発の事故。放射性物質は気になるけど、自宅にこもってから
ずっとパソコンで調べていたら、仙台市内に住んでそんなに怖がらなくてもいいことがわかった。
どうしても広島の原爆による被爆をイメージしてしまう。
被曝という言葉に恐怖感を持ってしまうけど、よく考えたら放射線は日常的にあびているもの。
みんなが憧れるパイロットやCAは常に仕事で被曝しているとも言える。
自分の判断で子どもたちはまだ外には出さない。だけど、今日から家族のために買い出しにGO!GO!!
まずは、洗剤を買いにツルハ薬局に。八時半から並ぶのでまずまず先頭のほう。
ところが!九時半ころに「今日は営業しません!!」って。がび〜ん
そして急いで小田原のツルハに(しつこい??)
そこはすでに長蛇の列。だけど、めげない!!小一時間ほど並んでようやく店内に。
だけど、洗剤は手に入ったけど、食品はカップラーメンくらい・・
しょうがないので、家に戻る途中に小さなお豆腐やさん発見!
一人一丁ずつとあぶらあげを売ってくれました。
腰の曲がったおばあちゃんが渡してくれたお豆腐は本当においしそう!!
そういえば、大型スーパーや薬局(ツルハではありませんよ〜)寒さに耐え並んでいるお客さんに
若い店員さんが必要以上に大きな声であーだこーだ命令口調でわめきたてる。
まるで、自分に何か特別の権限があるかのような大柄な態度で。
そんな声にじっと耐え、中に入ると店舗だけ大きくて中身はなにもない・・
小さな商店のありがたさが身に染みました。
そうえいば子どもの頃。ピーコックや紀ノ国屋など、便利なスーパーは近くにあったけど
母は好んで九品仏商店街でお買いものしてたっけ。手提げのついた赤いかごをぶらさげて。
台所道具は金物屋。本は本屋。お肉はお肉屋さん。そして帰り道はお寺の前にある
参道というあんみつやさんに寄ったりして。
あの頃の生活は不便でもなんでもなく、楽しくて豊かなものだった。
週末に大型店舗に車で乗り付けて買い物より、日常の歩いて行く買い物のほうがずっと心に残っている。
震災後の不便な生活の中でようやく気が付くことができた。
まだ、間に合うのなら子どもたちとそんな生活がしたい。

14日月曜日。生活支援の仕事

地震から四日たった、14日。泉区南光台のお宅で生活支援のお仕事が入っていました。
広いお宅で、土鈴やら焼き物お人形が所狭しと綺麗に飾られていたおうちでした。
ご高齢の夫婦二人暮らし。中は割れ物壊れ物の破片で大変だろうと、覚悟して軍手をはめて
ピンポンをおすと・・
玄関に飾ってあった焼き物や土鈴もほとんどそのまま。
いつものようにリビングでくつろいでいるご夫婦の安否を確認できて本当にほっとしました。
割れたものも少しあったけど、どうにかこうにかお二人で片付けたそう。
私たちは一時間ほど二階の片づけをして帰ってきました。
同じ仙台でも場所によってだいぶ被害状況が違います。
もともとしっかりとした建て方のお宅だけど、道路も割れやひびはあまりありませんでした。
ただ、食料と水は不足しているし、これから手入る目途もたっていません。
片づけが終わって、リビングで休み福島の原発のニュースをみんなで見ました。
その時、庭に目をやると、まるまると太った可愛らしい雀たちが遊んでいるのが印象的でした。
いつも、お米など庭にまいて鳥たちに餌をあげているんだって・・
またそんな生活に戻ることが出来るのかな?
ふとそんな事を考えてしまいました。