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地震当日のこと。

地震当日の日。あおサポにこれからお預かりする二か月の赤ちゃんと、お母さんが遊びにきていました。
このご利用会員さんは、ほんとにご近所さん。これから長いお付き合い
今からお母さんは、ご実家の栗原にちょっと荷物を取りに行くのだそう。
その間あおサポで、赤ちゃんをお預かりすることになりました。
その後、地震が起こったのです。
赤ちゃんのお母さんはもう栗原に到着している時間。
私は若林区のナッツワールドに買い物に食品の買い出しに。帰りの車の中で地震にあいました。
若林区の自衛隊の前。車のハンドルがグラリと大きく右にとられました。
「地震だ!!」
車を止めて後部座席に乗っていた娘を抱き寄せ言い聞かせました「大丈夫、大丈夫だからね!!」
電信柱は大きく揺れ、道路は波打っていた。マンションから慌てて出てくる人、歩道を歩く人はしゃがみ込んでいる。
「とにかくあおサポに戻ろう」車を発進させました。
途中の坂下交差点ではコンクリート破片が落下して、小さな洋品店はガラスが割れ半壊。フォレオの大型家電量販店は建物自体が傾き、ガラスが二階から割れ落ちて散乱している。
信号はもちろん機能していない。混雑が始まる前にとにかく戻らなきゃ。
ドアを開けるとキッチンの棚が倒れ食器が散乱してレンジや炊飯器が転がっていました。赤ちゃんを抱いたロコモコが真っ青に。
幸いにも部屋にはベビーベットとパソコンくらいしか置いてなかったので落下物などで怪我することはありませんでした。
だけど栗原に行ったお母さんからは連絡はありません。すでに携帯は役に立たないものに。
私とロコモコの子どもを小学校に迎えに行かなくてはいけません。
それぞれ役割分担をしてどうにかこうにか、みんなであおサポに集合することができました。
赤ちゃんも静かにミルクを飲んで眠っています。
電気水道、ガスは止まったまま。だけど卓上コンロでご飯を炊くことが出来ました。
おにぎりにお味噌をつけただけなのに、子ども達は喜んで食べてくれた。
夕食を済ませたあと、夫が仕事から戻り、これから名取市閖上にある実家に自転車で向かうと告げられました
その時初めて震災の本当に被害を知りました。
ラジオもなくとにかく自分たちの事で精一杯で、二次災害まで考えられなかった。
「ゆりあげの家が流された?沖で遺体が上がっている?」
とても信じられませんでした。
最初は夫を止めたけど・・もし、私も自分の親だったら絶対に行くと思う。
たとえ現場までたどりつけなくたって、探しに行く。
そう思って送り出しました。
夫とゆりあげに住むお義母さん、大勢の親戚の無事を祈りながらとにかく一晩。私が子ども達を守らなくては・・
余震が続く中、宮城野区の方の赤い空を不安な気持ちでずっと見ていた。
ロウソクが倒れないように。今火事が起きたら大変なことになる。
ほとんど眠らず、いろいろな危険を想定しながら・・地震よりも何か恐ろしいことが起きる予感がする。
私とロコモコ、子どもたちと赤ちゃん。7人で朝を迎えました。